フランスの現代美術家ピエール・ユイグが、LAS Art Foundation のプログラム「Sensing Quantum」による新作委嘱で、量子不確定性をテーマとする大規模インスタレーションを発表することになった。会場はベルリンの伝説的クラブ Berghain に隣接する展示空間 Halle am Berghain。会期は 2026年1月23日から3月8日までで、アムステルダムの Hartwig Art Foundation と協働して始動し、その後に巡回展も予定されている。作品は量子実験の考え方に着想を得ており、音や光、微粒子(塵)、振動、映像などを組み合わせ、ユイグが長年追求してきた**不確定性、自律性、システム思考、そして〈人間を超えた存在〉**といった概念を、空間全体で体験的に表現する構想である。さらに、Quantum Manifesto の共著者として知られる量子物理学者 トンマーゾ・カラルコとのコラボレーションを通じて、抽象的な量子のふるまいを観客の感覚で「感じ取れる」経験へと変換する試みが進んでいる。LAS が展開する Sensing Quantum は、量子理論と芸術の交差点を探る国際的プロジェクトであり、近年 欧州委員会の S+T+ARTS 賞を受賞するなど、科学と表現を架橋するモデルとして注目を集めている。今回の展覧会は、その活動の集大成のひとつとして位置づけられ、Artnet News や LAS の公式発表では、準備段階からすでに世界的関心が寄せられていると報じられている。
ニュース詳細

Halle am Berghainでの初単独展
舞台は Halle am Berghain である。1950年代に建てられた発電所を改装した、二層吹き抜けの巨大なホールで、コンクリートの壁面や高天井がつくる残響と暗転が、光や音、振動の微細な変化を際立たせる。LAS はこれまで同空間で数多くの没入型展示を手がけており、観客の移動や滞在時間そのものが体験の一部になるように設計してきた。ユイグにとっては、ベルリンでの初のインスティテューショナル個展となり、2026年1月23日から3月8日まで公開される予定である。会期終了後にはアムステルダムでの展開も視野に入っており、ベルリンで検証された展示演出や技術的セットアップが、そのまま次会場へ引き継がれるか、あるいは現地の空間条件に合わせて再構成される見込みである。
量子の“不確定性”を方法へ
新作は、量子実験の仕組みを手がかりにしながら、不確定性そのものをテーマであると同時に“つくり方”の原理として組み込む。会場には音や光、振動、フィルム、空中に舞う微細な塵といった異なる媒体が重なり合い、時間ごとに状態を変える生態系のような環境が立ち上がる想定である。観客は一定の順路や視点に縛られず、身体の位置や滞在時間によって経験が揺れ動く。こうした設計は、ユイグが長年掘り下げてきた自律性やシステム、そして人間を超えた存在へのまなざしと自然に結びつき、観測の仕方が結果を左右するという量子論のロジックを、抽象概念ではなく感覚のレベルで実感させる。言い換えれば、作品は“決まった答え”を示すのではなく、ゆらぎと応答の関係をその場で生成し続ける装置として働くのである。
カラルコとSensing Quantumの文脈
本プロジェクトは、EUの量子研究方針を方向づけたQuantum Manifestoの共著者、物理学者トンマーゾ・カラルコとの継続的な対話から生まれた。カラルコの知見が、抽象的な量子概念を展示設計の具体的な“素材”へと置き換える足場になり、ユイグは理論上の不確定性や相関を、光や音、時間変化として体感できるかたちへ翻訳したのである。あわせて、LAS のSensing Quantumは量子計算や量子理論の含意を芸術でひらく長期プログラムとして進行し、2025年に S+T+ARTS グランプリを受賞するなど国際的評価を得ている。つまり、科学の最前線で語られるアイデアを、来場者の感覚に届く体験へつなぐ仕組みがすでに整っており、今回の新作はその実践をさらに押し広げる位置づけにある。
専門家解説

ポイント整理
本展の肝は、量子不確定性という抽象的な考えを、実際に身体で感じ取れる出来事へと置き換える点にある。空間の明暗や音のうねり、映像の変調、素材の振る舞いがたがいに影響し合い、観客の位置や動きによって結果が微妙に変わる——その揺らぎ自体が体験の中心になる。ユイグはこれまでも『Untilled』や『Liminal』で、自律的に状態を変える環境を提示してきたが、今回は観測の仕方が現象を左右するという量子のロジックを、観客と会場のやり取りとして明確に組み上げる。しかも、無骨なコンクリートと高天井を備えた Berghain の工業的空間は、時間の変調や音圧、光束を大スケールで扱う実験にうってつけで、微細なノイズから大きなダイナミクスまで、量子的な〈不定/揺らぎ〉を増幅して見せる舞台として機能する。
さらに解説
量子の世界は目で直接見ることが難しく、“不可視の現象”とされがちである。しかし、そこに含まれるノイズや確率、相関といった性質は、メディアアートが扱う映像・音響・インタラクションの言語と驚くほど相性がよい。LASのSensing Quantumは、科学者とアーティストが協働し、量子の概念をどのように感覚として体験できるかを繰り返し翻訳していく長期リサーチとして設計されている。展示だけでなく、教育プログラムや作曲家との共同制作、シンポジウムなど多層的な活動を通じて、量子科学を知覚のレベルで理解する新しい方法を探っているのが特徴だ。ユイグとカラルコの協働は、欧州委員会が推進する**Quantum Flagship(量子旗艦計画)**とも接点を持ち、科学と芸術を横断する実践として、科学コミュニケーションの最先端事例と位置づけられる。
キーワード解説
- Pierre Huyghe(ピエール・ユイグ)
フィルム、パフォーマンス、生体やAIを組み合わせた没入型環境を構築する美術家。近年は人間/非人間の境界を問う大規模プロジェクトで知られる。今回、量子不確定性を体験化する新作に挑む。 アートネット - Sensing Quantum(LAS Art Foundation)
量子科学・技術の含意を、芸術・音楽・教育・出版で横断的に探る長期プログラム。2025年にS+T+ARTS 賞を受賞し、国際的に評価された。 LAS Art Foundation+1 - Halle am Berghain
ベルリンの Berghain に併設された展示空間。旧発電所の巨大ホールを活かし、LAS が没入型インスタレーションを展開してきた。今回の会場である。 LAS Art Foundation+1 - 量子不確定性(Quantum Uncertainty)
量子状態の観測が確率的で、量のゆらぎや非決定性が本質であるという性質。ユイグはこれを方法論としても扱い、作品の生成ルールに取り込む。 Artnet News - Tommaso Calarco(トンマーゾ・カラルコ)
Quantum Manifesto の中心人物。EUのQuantum Flagshipの形成に寄与し、量子コミュニティを率いる研究者。今回の科学協働者。 Forschungszentrum Jülich+1 - S+T+ARTS Prize(欧州委員会)
アート・科学・テクノロジーの協働を評価する国際賞。Sensing Quantum は同賞の受賞プロジェクトで、量子×芸術の社会的可視化に成功した。 S+T+ARTS Prize
まとめ
ピエール・ユイグによる量子不確定性プロジェクトは、難解な理論を単なる概念展示にとどめず、「体験としてどう設計できるか」へと翻訳する試みである。その狙いは、科学・芸術・テクノロジーの境界を解きほぐし、三者が交わる新しい知覚の枠組みを探ることにある。会期は2026年1月23日から3月8日まで、ベルリンのHalle am Berghainにて開催される。会期中は関連プログラムとして、LASによるトークイベントやシンポジウムも企画される見込みだ。渡航や取材を計画する読者は、公式サイトやニュースレターで最新情報を確認しておくとよいだろう。本展は、量子の世界を感覚的に理解する“知覚のプロトタイプ”として、今後の企画立案・教育・R&D分野に応用できるヒントを多く含む。言い換えれば、量子時代の思考をどう身体的経験に変換できるかを考えるための実験場となる。
参考文献
- 元記事:Artnet News 「Pierre Huyghe Is Turning Quantum Uncertainty Into an Immersive Experience」 Artnet News
- LAS Art Foundation「Sensing Quantum」概要ページ LAS Art Foundation
- Sensing Quantum(S+T+ARTS Prize/Ars Electronica) S+T+ARTS Prize+1
- Tommaso Calarco(Forschungszentrum Jülich プロフィール) Forschungszentrum Jülich
- Quantum Manifesto(欧州委員会 Futurium) European Commission

