量子限界を超える新手法が誕生

オーストラリアとイギリスの研究者たちが、量子物理学に新たな道を示す発見を行った。彼らは、1927年に提唱されたハイゼンベルクの不確定性原理が示す「粒子の位置と運動量を同時に正確に知ることはできない」という限界を正面から破るのではなく、巧みに迂回する方法を実験で証明したのである。この新しい手法を使うと、電子や粒子の位置と動きを、これまでに達成できなかったほどの精度で同時に測定できるようになる。研究はシドニー大学を中心に進められ、RMIT大学やブリストル大学を含む複数の国際的な研究機関が参加した。成果は科学誌『Science Advances』に掲載され、将来的にはGPSが届かない環境での高精度ナビゲーションや、医療現場における画像診断、さらには天文学での観測など、幅広い応用が期待されている。従来の量子計測では「細部を正確に測ろうとすると全体の情報が失われる」という避けられないトレードオフが存在していたが、今回の方法はあえて不要な情報を犠牲にすることで、逆に微細な変化を驚くほど高感度に捉える仕組みを実現している。しかもこの発想は量子コンピュータ研究の技術を応用したものであり、今後の量子センサー開発に新たな展望をもたらす成果といえる。

ニュース詳細

不確定性原理と新たな突破口

1927年に発表されたハイゼンベルクの不確定性原理は、量子力学を理解するうえで最も有名な考え方のひとつである。この原理は「粒子の位置と運動量を同時に無限の精度で知ることは不可能だ」と定めており、どちらかを詳しく測ろうとすると、もう一方の情報が必ず曖昧になるという制約を課している。たとえば、電子の位置を極めて細かく測定しようとすれば、その電子がどのくらいの速さで、どの方向に動いているのかという情報はぼやけてしまう。逆に運動量を正確に調べれば、今度は位置がどこにあるのかを明確に特定することができなくなる。この性質は量子世界の根本的な特徴とされ、長年にわたりセンサー技術や計測精度を押しとどめる「壁」と考えられてきた。しかし今回、シドニー大学を中心とする研究チームは、この限界そのものを壊すのではなく、うまく回り道をすることで制約を乗り越える新しい手法を示したのである。

風船と時計の比喩で説明

研究者たちは今回の成果を日常的な例えを使って説明している。まず風船を思い浮かべてほしい。風船の中の空気を完全に取り除くことはできないが、手で押しつぶせば形を変えることができる。同じように量子の不確定性も完全に消し去ることは不可能だが、工夫することで不要な部分に押しやり、本当に知りたい部分の情報をより正確に取り出せるようになるというわけである。さらに彼らは時計の例も持ち出した。ふつうの時計には時針と分針があり、両方が揃っていれば時間を正確に知ることができる。しかしもし時針しかなければ、おおよその時刻はわかっても分単位での精度は失われる。逆に分針だけがあれば分単位では細かく読めるが、何時台なのかという全体の流れは見失ってしまう。今回の方法はまさにこの発想で、全体像の一部を意識的に犠牲にする代わりに、細部の変化をこれまでにない精度で捉えることを可能にする「モジュール型の測定」として働いているのである。

量子コンピュータ技術との融合

この新しい測定手法は、もともと量子コンピュータ研究で誤りを補正するために考案された技術をうまく応用している。研究チームはイオンを特殊な装置の中に閉じ込め、その微細な振動を利用する実験を行った。その際に「グリッド状態」と呼ばれる独特の量子状態をつくり出したのである。本来この状態は量子計算における誤り訂正の仕組みとして利用されるものだが、今回はそれをセンサー技術に転用したのだ。実験の結果、従来の古典的なセンサーでは到底不可能だった精度で、粒子の位置と運動量を同時に測定できることが確認された。これは単なる技術的改良にとどまらず、量子コンピュータ分野で培われた知見が量子センシングにも直結することを示す重要な成果であり、両分野が今後さらに密接に結びついて発展していく可能性を示唆している。

専門家解説

ポイント整理

今回の方法は、量子力学の基本である不確定性原理を否定するものではなく、その枠の中で工夫を凝らした仕組みである。研究チームはすべての情報を完璧に得ようとするのではなく、あえて粗い情報や大まかな流れを切り捨て、その代わりに微細な変化を極限まで精密にとらえる方向にシステムを調整している。これによって、これまでのセンサーでは「ノイズ」として扱われ、ほとんど無視されてきたごく小さな揺らぎや変化までもが明確に測定できるようになったのである。この点にこそ、従来の限界を超える新しい可能性が開かれているといえる。

さらに解説

今回の成果が特に注目されるのは、単なる実験室内での理論的な実証にとどまらないという点である。研究者たちは、この新しい手法を将来的に応用することで、実社会に直結するさまざまな分野での革新が可能になると考えている。例えば、通常のGPS信号が届かない潜水艦の中や地下空間、さらには宇宙空間における高精度ナビゲーションに役立つ可能性がある。また医療の分野では、体を傷つけることなく内部を詳細に調べられる非侵襲的な画像診断に応用できると期待されている。さらに天文学では、これまで検出が難しかった微弱な信号をとらえる超高感度な観測が可能になるとされる。まさに原子時計が通信や測位技術に大きな革命をもたらしたように、この量子限界を迂回する新しいセンサーは、新たな産業や技術分野を生み出す原動力となるかもしれないのである。

キーワード解説

  • ハイゼンベルクの不確定性原理
    1927年に提唱された量子力学の基本法則で、位置と運動量のような特定の物理量を同時に無限の精度で測定することはできないとする原理。
  • 量子センサー
    量子状態の性質を利用して、従来のセンサーよりもはるかに高い精度で物理量を測定する装置。重力波観測やナビゲーションなどで期待されている。
  • グリッド状態
    誤り訂正型量子コンピュータで利用される特殊な量子状態。今回の研究では粒子の位置と運動量を同時に測定するために応用された。
  • モジュール型測定
    全体像を一部犠牲にする代わりに、特定の細部を高精度で測定する方法。時計の比喩で説明される新しい量子測定手法。
  • 量子ノイズ
    量子力学に由来する避けられない揺らぎ。従来は測定の限界とされてきたが、今回の研究では不要な領域に押しやる方法が開発された。
  • 量子ナビゲーション
    GPS信号が届かない環境でも正確な位置を把握するために量子センサーを利用する技術。潜水艦や宇宙探査での利用が期待される。

まとめ

シドニー大学とRMIT大学を中心とする国際研究チームが成し遂げた成果は、量子力学の制約を逆に利用するという、従来にはなかった発想に基づく画期的な測定方法である。不確定性そのものを消し去ることはできないが、あえて不要な情報を切り捨てることで、本当に必要とされる部分をこれまでにないほど精密に測定できるようになった。これによって、これまでは技術的に不可能と思われていた領域に光が当たり、ナビゲーションや医療、そして天文学といった多岐にわたる分野で、量子センサーが新しい役割を果たす未来が現実味を帯びてきたのである。原子時計が通信や測位技術を大きく変革したのと同じように、この研究もまた次世代技術の礎となる可能性を秘めている。今後の研究の進展を注視しながら、量子の世界が社会の仕組みをどのように変えていくのかを見届けることが重要だといえる。

参考文献

  • SciTechDaily
  • Science Advances, “Quantum-enhanced multi-parameter sensing in a single mode” (DOI: 10.1126/sciadv.adw9757)

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