カリフォルニア大学アーバイン校の研究グループは、教科書の中だけに存在すると考えられてきた新種の量子状態を、実験で初めて“目に見えるかたち”で示した。使ったのはハフニウムとテルルからなる薄片状の結晶 HfTe₅ であり、これに地球の磁場をはるかに上回る七〇テスラの強力な磁場を一気にかけると、結晶内の電子と電子が抜けた穴(正孔)がペアを組み、しかもコマのように同じ方向へそろって回転し始めた。その瞬間、電気が流れにくくなる dramatic な変化が観測され、物質が「励起子凝縮体」と呼ばれる新しいフェーズへ移行したと判断された。このフェーズでは電荷ではなく電子の“回転の向き”を情報に利用できるため、動作電圧を極端に下げたスピントロニクス素子の鍵になると期待される。さらに、情報を運ぶのが電荷ではないため、宇宙線のような高エネルギー粒子が飛び交う過酷な宇宙環境でも壊れにくいという利点が見込まれる。成果をまとめた論文は米物理学会の旗艦誌 Physical Review Letters に掲載され、研究費は米国立科学財団とエネルギー省の助成によって賄われた。
ニュース詳細

発見の舞台裏:70テスラの超強磁場実験
UCIはロスアラモス国立研究所とフロリダ州の国立高磁場研究所と手を組み、MRI装置の数百倍にも及ぶ七〇テスラという超巨大な磁場を試料にかけた。これは地上で人類がほぼ出せる上限の磁力であり、磁石のスイッチを入れるやいなや、結晶の電気抵抗が一気に跳ね上がった。つまり、これまで素直に流れていた電流が突如として流れにくくなり、物質の内部で劇的な変化が起こったことを示す。同時に行った光学測定では、通常よりはるかに高い周波数の光がほのかに放たれた。電子と正孔がペアを組む励起子たちが一斉に足並みをそろえ、まるでダンスの隊形を組むように同調した結果、物質全体が新しい量子状態へと姿を変えたと研究チームは結論づけた。
何が「新しい」のか:励起子凝縮体とは
励起子とは、結晶の内部でエネルギーを得た電子が軌道を飛び出した際に生じる「空席」—正孔—と、その電子自身が電気的に引き合ってペアを組んだ状態であり、全体としては電荷を帯びない中性の準粒子である。通常の粒子は電荷を運ぶことで情報やエネルギーを伝えるが、このペアは互いのスピンをそろえ巨大な集団をつくることで、電気を流さずにエネルギーの波だけを物質中に渡すというユニークな性質を示す。こうしたマクロな凝縮現象は固体物理の世界でもめったに観測されず、いわば物質が光と電子のあいだをつなぐ“新しい媒体”へと変貌した証しといえる。もし将来的に室温付近でも安定して励起子を保てるようになれば、光信号と電子回路を一体化したハイブリッド素子が実用レベルで誕生し、エネルギーロスの少ない高性能デバイスが現れる可能性が高い。
宇宙技術への応用:放射線耐性と省電力
これまでのシリコン製チップは電荷の流れで信号を扱うため、宇宙空間に満ちる高速の陽子やヘリウム核が突っ込んでくると、一瞬で余分な電荷が発生し誤った「0」や「1」を読み取ってしまうリスクがあった。ところが今回示された新しい量子状態では、情報を運ぶのが電子の回転方向=スピンであり、そもそも電荷を大きく動かさない。この仕組みなら放射線が通り抜けても電離損傷を受けにくく、回路が「勘違い」する頻度を劇的に抑えられる。またスピンの向きを切り替えるだけならわずかな電圧で済むため、太陽光が弱くバッテリーに頼る長期の火星探査でも電力消費を大幅に減らせる。要するに、放射線に強くて省エネという二つの長年の課題を、一挙にクリアできる道が開けたわけだ。
専門家解説

ポイント整理
励起子が示す最大の特徴は、電子と正孔が手を取り合うようにペアを組み、こまの回転に相当するスピンまでも同じ向きにそろえるところにある。この「スピン同調」が集団的に起きると、物質全体が一斉に位相を合わせたダンスへ移行し、従来とは別物の性質を帯び始める。そのターニングポイントを引き出す鍵が七〇テスラという桁外れの磁場であり、この強さを境に物質は突然フェーズを変え、電気の流れ方も光の放ち方も一変する。こうして誕生した状態は、電荷をほとんど動かさずにスピンの向きだけで情報を伝えるため、高エネルギー粒子が突き刺さっても余計な電荷が生まれず誤作動しにくい。加えてスピン操作は低電圧で済むので、回路が発熱せず電力消費も抑えられる――まさに次世代スピントロニクスの理想が、この新たな量子状態に凝縮していると言える。
さらに解説
固体物理の世界では、励起子凝縮体は「電子液晶」と呼ばれる特別な秩序相に位置づけられる。液晶テレビの分子が電圧で向きを変えると映像が切り替わるように、電子と正孔が結合した励起子が一斉に隊列を組むこの相では、物質そのものの性質ががらりと変わる。もし研究者が相転移のスイッチを自由に押せるようになれば、量子ビットや光デバイスのオン・オフを電荷の移動なしに切り替えることが可能になり、発熱やノイズの根本原因を抑えられる。しかもハフニウム五テルル化物は紙のように薄い層を何枚も重ねた構造を持つため、グラフェンやモアレ超格子といった二次元材料と挟み込む「サンドイッチ構造」を設計すると、七〇テスラの超強磁場を使わずとも同じ凝縮現象を起こせる余地がある。低磁場で動作する励起子スイッチが実現すれば、現在データセンターが冷却に費やしている膨大な電力を大幅に削減でき、地上の情報インフラにも量子物質の恩恵が広がると期待される。
キーワード解説
- 新しい量子状態:電子と正孔が手を取り合った励起子が物質全体で同じリズムを刻む秩序相であり、電荷を動かさずにエネルギーだけを運べるため、発熱の少ない省電力回路の土台となる。
- 励起子:光を吸った電子が軌道を飛び出した際に空いた正孔と静電気で結び付いたペアで、中性ゆえに電気を帯びず、光のエネルギーを結晶内部に届ける宅配便のような存在である。
- スピントロニクス:電子が持つ微小な磁石の向き—スピン—を「0」と「1」に読み替えて情報を扱う方式で、電荷の移動が最小限に抑えられるため発熱が少なく、量子計算や高速メモリの心臓部を担う。
- 放射線耐性:宇宙線やガンマ線などが飛び込んできても余計な電荷が発生せず誤動作しにくい性質で、長期の深宇宙探査や火星基地の電子機器に不可欠なシールドとなる。
- ハフニウム五テルル化物(HfTe₅):薄い層が折り重なった半金属で、巨大磁場をかけると励起子が集団で同期する特殊相が現れやすいことから、量子デバイス向けの有望な材料として注目される。
- 70テスラ磁場:地球磁場の百数十万倍という桁外れの強さを持ち、通常の物質では見えない量子現象を一瞬で引き出す実験用ハンマーのような存在であり、今回の相転移を誘発した決定打となった。
まとめ

今回確認された新しい量子状態は、宇宙船の内部でガンマ線や高速プロトンが飛び交ってもへこたれない省エネ型コンピューターを実現する突破口を開いたと言える。従来チップが抱えてきた放射線誤作動という“宇宙空間の天敵”を回避しつつ、わずかな電力で論理演算をこなす仕組みが具体的に見えてきたからだ。もっとも、現段階では極低温と超強磁場という特別な環境が欠かせず、実用化には室温付近で安定して動かす方法や、常識的な磁場でスイッチを入れる技術が必要となる。これらのハードルを乗り越えられれば、巨大な冷却施設を抱える地上のデータセンターでも消費電力と発熱を大幅に削減でき、結果として二酸化炭素排出の抑制にも直結する。量子物質が開く未来はまだ序章にすぎず、研究の進展によっては日常生活の裏側にある情報インフラそのものが書き換わる可能性が高い。当サイトではこうした最前線の動きを追い続け、随時アップデートを掲載している。新しい発見が生まれる瞬間を逃さず共有するので、ぜひブックマークし、次のブレイクスルーをともに見届けてほしい。
参考文献

