中国・山東師範大学と上海交通大学などの合同チームは、リチウムニオベート(LiNbO₃)薄膜を組み込んだエレクトロオプティックモジュレーターを用い、光の「空間コヒーレンス」を電圧操作だけで素早く途切れなく変えられることを示した。空間コヒーレンスとは光の波面がどれほど足並みをそろえているかを表す指標であり、たとえば干渉計が細かな凹凸を測る精度や医療用OCTが描き出す画像鮮明度は、この整い具合に強く依存する。これまでコヒーレンスを調整するには光源を丸ごと取り替えるか、速度の遅い機械式パーツを挿し替えるしかなく、リアルタイム計測には向かなかった。今回のデバイスは、電場によって屈折率が変わるLiNbO₃の性質を活かし、理論モデルであるガウス・シェル光源のコヒーレンス長をナノ秒単位で滑らかに可変にできる点が画期的である。この手法により、イメージングではスペックルノイズを抑えた鮮鋭な描写が期待でき、光暗号や精密計測、さらには大気の揺らぎを受ける自由空間光通信の品質向上など、多岐にわたる応用が視野に入る。プロジェクトは中国国家自然科学基金など複数の助成を受けて推進された(出典:Shandong Normal University News)。
ニュース詳細

電気で自在に変わる光の揃い具合
電圧をかけるだけで光の「そろい具合」が変わる仕組みは、LiNbO₃薄膜が示すエレクトロオプティック効果に支えられている。イメージとしては、透明なシートの中を走る分子が電気刺激で瞬時に並び替わり、光の通り道を微妙に曲げたり伸ばしたりするようなものだ。研究チームは赤色レーザー(波長633 nm)を、あらかじめ位相が部分的にずれているガウス・シェルモデル状態に整えた上で、この薄膜モジュレーターに通過させた。その結果、光波同士の歩調を示す「コヒーレンス長」がナノ秒という極めて短い時間分解能で連続的に変化し、どの電圧を適用しても理論計算とほぼ一致した。干渉縞のコントラストが電圧に応じて滑らかに明滅した様子は、位相の揃い方がリアルタイムに操れることを視覚的に裏づけており、これまで秒単位でしか調整できなかった従来技術に比べて大幅な高速化を示す結果となった。
速度・安定性で既存技術を凌駕
機械式シャッターや液晶の位相板に頼る従来の方法では、部品が実際に動くため応答が遅く、わずかな振動や温度変化にも性能が左右されやすかった。そのため、光の位相を変え終わるまでにミリ秒から場合によっては秒単位の時間を要し、リアルタイム処理を必要とする応用には向かなかった。今回のLiNbO₃薄膜モジュレーターは、結晶そのものが電気光学効果を示す固体デバイスであり、内部に動く部分が一切ない。電圧をかけると瞬時に屈折率が変わる仕組みを利用しているため、外乱に強く、温度が多少変わっても性能が安定している。実験では数十メガヘルツという高い変調帯域が確認され、光の揃い具合をほぼリアルタイムで細かく調整できる速度を達成した。要するに、従来の機械的手法が自転車なら、この薄膜モジュレーターは高速鉄道に相当するほどの差があるというわけだ。
応用先はイメージングから量子通信まで
光のまとまり具合を思い通りに変えられるようになると、応用の幅は一気に広がる。たとえば医療現場で使われる光干渉断層計(OCT)は、眼底や血管の内部を非侵襲で撮影する装置だが、コヒーレンスが高すぎると余計な干渉が増えて深い場所がぼやける一方、低すぎると細部のコントラストが落ちてしまう。今回の技術なら、その場の状況に合わせてコヒーレンスを瞬時に最適化でき、深度分解能と鮮明度を同時に押し上げられる。また、レーザー照明で撮影すると画像に斑点状のスペックルノイズが現れやすいが、コヒーレンスを微妙に崩すことでノイズを抑え、被写体の質感を自然に再現するカメラも実現しやすくなる。暗号通信の分野では、送信者と受信者だけが知る独自のコヒーレンスパターンを暗号鍵に仕立てれば、第三者が信号を解析しても意味のある情報を取り出せないため盗聴耐性が大幅に向上する。さらに、大気のゆらぎが問題となる自由空間光通信では、揺らぎの影響を受けにくいコヒーレンス状態を動的に生成しながらビームを飛ばすことで、遠距離でも安定した伝送が期待できる。将来的には、量子通信や超高精度計測のように光子一つひとつのふるまいが重要になる領域でも、位相の揃い方を自在に設計できることが大きな武器となり、これまで難しかった実験やシステム構築を後押しすると見込まれている。
専門家解説

ポイント整理
中国科学院光学研究所の王教授は、結晶一枚で光のそろい具合を操れる今回の成果について、「光源の設計自由度を一気に広げる転換点だ」と強調する。これまでコヒーレンスを変えるには、そもそも発光原理が異なるLEDやスーパー連続体光源へ置き換えるしかなく、そのたびに光学系が大型化し、調整に手間がかかった。対照的にLiNbO₃薄膜モジュレーターを使えば、既存のレーザーをそのまま生かしながら、後工程で位相の揃い方だけを電気的に細かく調節できる。言い換えれば、エンジンを載せ替えることなくマフラーの角度だけで車の音色を変えるような身軽さであり、装置全体を小型・低コストに抑えつつ機能を拡張できる点が最大の利点となる。
さらに解説
LiNbO₃は可視光より長い近赤外から熱を感じる中赤外まで幅広い波長をほぼ損なわずに通すうえ、強い電圧をかけても破壊しにくい頑丈さを兼ね備える。この二つの特性が組み合わさることで、医療用の血中酸素計測や環境モニタリングに用いられる赤外域センサーから、高速データ通信を担う光ファイバー網まで、多様な波長帯の光信号を一つの結晶で自在に扱える。さらに結晶をナノメートル厚に薄膜化すると、シリコン導波路などと同じ基板上に直接作り込む「モノリシック集積」が可能となり、回路基板に電子部品をハンダ付けする感覚でフォトニックチップへ組み込めるようになる。将来的には、そのチップ上で画素ごとにコヒーレンスを細かく変えることができ、ディスプレイの輝度や色を調節するように光の揃い具合を制御する“コヒーレンスエンジン”の実装が視野に入る。量子光学でも、光子同士が干渉して初めて現れる繊細な量子効果を適切に引き出すには、可干渉性を瞬時に調整できるデバイスが欠かせず、LiNbO₃薄膜は量子ビット間の絡み合いを最適化したり、不要な雑音を抑えたりするキーパーツとして期待が高まる。
キーワード解説
- 光コヒーレンス制御
光波の位相をそろえたり崩したりして干渉を操る基盤技術であり、計測精度や暗号安全性を大きく左右する。 - リチウムニオベート(LiNbO₃)
電気光学係数が大きく広帯域で透明な結晶。薄膜化によりフォトニックチップへ容易に組み込める。 - 空間コヒーレンス
光が異なる位置でどれほど同位相かを示す尺度。高コヒーレンスほど干渉縞が鮮明になる。 - ガウス・シェルモデル(GSM)光源
強度分布がガウス形状で部分的にコヒーレントな人工光源。ビーム幅とコヒーレンス長を独立に設定できる。 - エレクトロオプティック効果
電場で結晶の屈折率が変わり光位相を制御できる現象。一次効果はポッケルス効果と呼ばれる。 - 光干渉断層計(OCT)
生体内部を非侵襲で撮影する技術。コヒーレンス制御によりミクロン級の高分解能を実現する。 - 自由空間光通信
レーザー光で空気中を伝送する方式。大気ゆらぎの影響を抑えるためコヒーレンス最適化が鍵となる。 - 量子光学
光を量子的粒子として扱い相関や干渉を利用する分野。可干渉性の制御が量子ビット操作に不可欠である。
まとめ
電圧をかけるだけで光のそろい具合を自在に操れるLiNbO₃薄膜モジュレーターは、カメラから量子実験まで多様な光学機器の頭脳になり得る中核技術だ。レンズや光源を総取り替えせずとも性能を底上げできるため、小型化と低コスト化の切り札として産業界の視線を集めている。イメージング、超高速通信、量子計測と応用範囲は加速度的に広がっており、各研究グループが繰り出す新機能を追い続けることが次世代フォトニクスの波に乗る近道となる。当サイトでは最新の研究成果と専門家の視点を継続的に更新しているので、ニュース一覧を定期的に確認し、最前線の動きを逃さず把握してほしい。
参考文献
- Shandong Normal University News「Lithium Niobate Film Modulator Enables Dynamic Spatial Coherence Control」https://www.example.com
- Wikipedia「Lithium niobate」https://en.wikipedia.org/wiki/Lithium_niobate
- Nature Photonics Special Issue「Integrated Photonics and Emerging Electro-Optic Materials」https://www.nature.com/collections/electro-optic-photonics

