量子の世界では、離れた粒子同士が見えない糸で結ばれているかのように同時に振る舞う現象があり、これを量子もつれと呼ぶ。この奇妙な相関が、熱やエネルギーと同じように“出し入れ自由な資源”であると示す理論的な第二法則がついに確立された。2025年7月2日に報告された国際共同研究は、エンタングルメントバッテリーという仮想の蓄電池を導入すれば、従来は一方通行で摩耗すると考えられていた混合状態のもつれを遠く離れた二者が一切損なわずに往復できると証明した。バッテリーには相関が貯蔵され、必要なときに少し借り、操作が終われば正確に返却することで、まるで巻き戻し可能なビデオのように量子情報処理を元通りに戻せる。この発見は量子計算や量子通信の効率を極限まで高め、情報ロスのない量子ネットワーク実現の要となると期待される。さらに暗号鍵の再利用や量子クラウドの省エネ化など、ビジネスと社会インフラの両面で大きな波及効果をもたらす可能性が高い。
ニュース詳細
量子もつれ 第二法則とは何か
熱を扱う古典物理では、閉じた容器の中で乱れの度合いを示すエントロピーが必ず増え、完全に元に戻すことはできないという第二法則が礎になっている。量子の領域でも、二つの粒子が見えない糸で結ばれ同時に反応するエンタングルメントの強さが、このエントロピーと驚くほど似た数式で表せることは早くから指摘されてきた。しかし、「量子もつれをどんなふうに操作しても最終的にはきれいに巻き戻せる」という原理、すなわち量子版の可逆性を保証する第二法則は長い間姿を現さなかった。今回の研究は状況を一変させた。理論上の道具として、相関そのものをため込む“エンタングルメントバッテリー”を用意し、その中身を減らさない限り自由に貸し借りできると仮定する。すると従来は一方通行で摩耗していた混合状態のもつれさえ、遠く離れた二者の間で損なうことなく往復できると証明された。電気の充電池が必要なときに電力を与え、用が済めば同じ量を戻せるのと同じ理屈で、量子相関も出し入れ自由な資源として扱えることになる。これにより量子情報の世界にも、熱力学と呼応する形で「行きと帰りが完全に対になった操作」が存在することが数学的に明確になったわけだ。
LOCCの限界とバッテリー導入の意義
LOCCとは、離れた二者が自分の手元の量子ビットだけを操作し、連絡は電話やインターネットといった古典チャネルで取り合うという厳格なルールである。この縛りのおかげで量子回路を実装する側の負担は減るが、混合状態のもつれを扱うときには必ず一部の相関がこぼれ落ち、変換を元に戻しても完全には回収できないという弱点があった。研究チームはこのボトルネックを破る鍵として、あらかじめ二者が共有するエンタングルメントバッテリーを導入した。バッテリーは見かけ上、追加の量子ペアを大量に持つ倉庫のような役割を担い、操作の途中で不足する相関を一時的に貸し出し、作業が終わればきっちり返してもらう。唯一のルールは、最初と最後でバッテリー内部のもつれ量を減らしてはいけないという点である。この条件さえ守れば、従来は一方通行で失われていた混合状態エンタングルメントの変換を往復一対で行え、理論上は損失ゼロになると証明された。言い換えれば、バッテリーは量子相関を保険のように補填し、LOCCの枠組みを壊さずに可逆操作を実現する触媒として機能するのである。
定量的指標と普遍性
今回の論文が特色とするのは、量子状態の変換を「どれだけのもつれを預け入れ、どれだけ引き出したか」という比率で正確に測れる数式を与えた点にある。研究者たちはまず、純粋状態でも環境にまみれた混合状態でも区別せずに扱える共通の物差しをつくり、変換の行きと帰りでこの比率が一対一に保たれるときに完全可逆が実現すると示した。言い換えれば、相関という通貨を両替する際の為替レートを厳密に定義し、そのレートを維持すればどんな状態変換でも損が出ないという普遍的な第二法則を導出したことになる。さらに著者らは、この枠組みはエンタングルメント以外の量子資源にも横展開できると指摘する。もしコヒーレンスや自由エネルギーを蓄える「リソースバッテリー」を用意し、その中身を減らさずに貸し借りできるようにすれば、同じ数式で可逆性を論じられるというわけだ。これにより量子物理全域にわたって「資源を循環させるバッテリーを持ち込めば操作はいつでも巻き戻せる」という統一的なビジョンが見え始めている。
実験実装への課題
理論が整ったとはいえ、エンタングルメントバッテリーを本物の装置として作る方法はまだ見えていない。多数のイオンや原子を一斉に操作する多体量子系、あるいは光子をリング状に循環させて相関を繰り返し抽出する光子系が有望とされるが、どちらも長時間もつれを壊さずに保持するには極低温や真空、高精度の光学制御が欠かせず、装置の規模とコストが膨らむ。また量子状態は外部ノイズに非常に脆く、デコヒーレンスを抑え込む技術も並行して向上させる必要がある。研究者たちは、まず理論上要求される最小限のもつれ量や必要ビット数を算定し、その条件を満たす“触媒的バッテリー”を小規模に試作するロードマップを描いている。試験機では、損傷した相関をバッテリーがどこまで補填できるか、貸し出しと返却が本当に釣り合うかを検証する予定で、数年以内にラボレベルのプロトタイプが登場する見通しである。
専門家解説
ポイント整理
今回の成果が示す第一の要点は、量子もつれがもはや一度使えば磨耗してしまう消耗品ではなく、電気を蓄えて何度も充放電できる蓄電池のように循環利用できる資源へと格上げされた点にある。第二に、その蓄電池を複数の通信ノード間で共有すれば、量子ビットを送り合うたびに失われていた相関を即座に補いながらやり取りできるため、転送効率は理論上の限界値に肉薄する。第三に、熱の世界でエントロピー増大則がもつ普遍性と同じ重みを、量子情報の領域でも持つ原理が手に入ったことで、量子熱力学と情報理論を一本の橋でつなぐ教科書級の基盤が整ったと言える。
さらに解説
量子テレポーテーションや量子暗号が実現した当初、もつれは紙を切り取るように一度使えば二度と同じ形には戻らないと考えられていた。しかしエンタングルメントバッテリーという概念は、その紙を傷跡なく貼り戻す強力な糊が実は存在することを示したに等しい。このバッテリーは操作の途中で不足する相関を一時的に貸し出し、最後にきっちり返してもらうことで自らは減らない触媒として振る舞う。化学反応で触媒が反応後に姿を変えず、全体のエネルギーコストを下げるのと同様に、量子スケールでも“もつれ触媒”が動作すれば、量子熱機関の効率は従来の理論上限を塗り替え、量子計算で避けられない誤り訂正のコストも新しい基準で見直される可能性がある。日常的な比喩で言えば、スマートフォンの電池残量を気にせずに無限に充電と放電を繰り返せるようになれば、アプリの設計思想そのものが変わるのと同じで、量子技術の設計・運用の常識が根底から書き換わる転換点に立っていると言える。
キーワード解説
量子もつれ 第二法則
量子もつれを熱力学第二法則になぞらえ、「どのように操作しても最終的に元のもつれ量へ正確に帰着できる」という可逆性を保証する原理である。エンタングルメントバッテリーという追加系を持ち込むことで初めて成立し、従来の一方向的な損失モデルをひっくり返す役割を担う。
エンタングルメントバッテリー
二者があらかじめ共有しておく追加の量子システムで、内部にもつれを蓄え、一時的に貸し出し、最後に同量を返却させることで全体のもつれ残高を守る“倉庫”として機能する。これにより操作途中で不足する相関を補填し、可逆変換を実現する触媒のような存在となる。
LOCC
Local Operations and Classical Communication の略称で、遠隔地の参加者が自分の量子ビットを局所的に操作し、古典的手段で連絡を取り合うという厳格なプロトコルである。この制約は実装を簡素化する一方、混合状態のもつれを操作すると必ず一部が失われるという限界も抱えてきた。
混合状態エンタングルメント
環境ノイズの影響を受け純粋性が崩れた量子状態でも残る相関を指す。現実の量子通信や量子計算で最も一般的に直面する形態であり、理想的な純粋状態とは異なり、操作時にもつれが摩耗することが大きな課題だった。
量子資源理論
エンタングルメントやコヒーレンス、自由エネルギーなど量子的な性質を“資源”とみなし、量や交換レートを数理的に定量化する枠組みである。資源を保存しながら変換する方法を探ることで、量子情報処理全体の効率限界を論じる土台となる。
可逆変換レート
任意の初期状態を目標状態へ変換し、再び元へ戻す二つの操作を連続で行ったとき、その過程がどれだけロスなく往復できたかを示す指標である。エンタングルメントバッテリーを用いて行き帰りのレートが正確に一致すれば値は1となり、完全可逆であることを意味する。
まとめ
量子もつれ 第二法則の確立は、これまで一方向に消えていた量子相関を回収して再利用できる循環型インフラへの扉を開いた。電力網が蓄電池の普及で効率を飛躍的に高めたように、量子リソースを蓄えながら使い回す発想が量子計算や暗号、センサー技術の設計思想そのものを塗り替える可能性がある。研究が実用段階へ近づく今こそ、企業や研究機関は相関の管理コストとリターンを精緻に測り直し、戦略に組み込むタイミングを見極める必要がある。当サイトでは今後も試作バッテリーの性能報告や標準化動向を追跡し、わかりやすく解説していく予定だ。新しい量子経済の波を逃したくない読者は、量子特集ページをブックマークし、最新記事が公開されたらぜひチェックしてほしい。