韓国LGグループのIT中核企業であるLG CNSは2025年6月17日、米ロボティクス・スタートアップのSkild AI(スキルドAI)と戦略的提携契約を締結し、同時に出資も行ったと発表した。Skild AIの核となる技術「Robot Foundation Model(RFM)」は、画像・動画・音声・テキストといった多様なデータを横断的に学習し、ロボットに高度な行動計画を与える“ロボ版GPT”とも称される汎用AIである。この協業によりLG CNSは、製造・物流・スマートシティ分野に特化した産業用AIヒューマノイドロボットを共同開発し、工場設備の監視や危険作業、ラストワンマイル搬送など、従来ロボットが苦手としてきたタスクを自律的にこなす仕組みを構築する構想だ。Skild AIはカーネギーメロン大学出身の教授陣が2023年に創業し、これまでにSoftBank、Nvidia、Samsungなどから累計約14億ドル(約2,030億円)を調達している。韓国企業が同社と正式にパートナーシップを結ぶのは初めてであり、国内ロボティクス産業の勢力図を塗り替える可能性が高いと注目を集めている。
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提携の背景—“フィジカルAI”への急加速
生成AIはChatGPTの登場で「言語を理解し文章を紡ぐ知能」を一気に引き上げたが、いま産業界が熱視線を送るのは、ロボットが自ら手足を動かしてタスクをこなす“Physical AI”である。工場や倉庫では人手不足と作業員の高齢化が深刻化し、重労働や危険作業を自律型ロボットへ置き換えたいというニーズが雪だるま式に膨らんでいる。LG CNSは、これまでスマートファクトリーやスマートロジスティクスの案件で蓄積した膨大な運用データを“燃料”にし、Skild AIのRobot Foundation Modelを“エンジン”として組み合わせることで、ロボットが実戦投入されるまでに必要な学習コストと期間を従来比でおよそ3分の1に圧縮できると試算する。その狙いは、単なる設備自動化にとどまらず、現場データ→AIモデル→現場改善という循環を高速で回し、ロボット導入のROI(投資対効果)を抜本的に引き上げるところにある。
Skild AIのRFMとは何か
RFMは、ロボットのセンサーが収集した数十億フレームもの実機データに加え、インターネット上に散在する画像・動画・音声・テキストを自己教師あり学習でまとめて吸収する巨大モデルである。ハードウェアを選ばないため、別メーカーのロボットに載せ替えても動作の大枠は保たれるうえ、現場で撮影したごく短い動画を与えるだけで素早く最適化できる柔軟性がある。さらに、一度学んだ荷物の把持や歩行パターンといったスキルを別のタスクへ転用する能力に優れ、個別プログラムを書き直す手間を大幅に削減できる。LG CNSはこの汎用モデルを自社の制御・運用プラットフォームに統合し、エッジAIボックス経由でロボットへ配信する「ロボットOSレイヤー」を構築中だ。これにより、現場に合わせた微調整から実装、運用までをワンストップで回せる基盤が整いつつある。
産業用ヒューマノイドのユースケース
プラントの設備点検では、ヒューマノイドが搭載するカメラと赤外線センサーが異常な発熱箇所を素早く察知し、遠隔で管理室へ報告する。危険物ラインでは、人が近づきづらい有機溶剤タンクのバルブをロボットが自律的に開閉し、作業員の被曝リスクを削減する。物流倉庫では最大25 kgの荷物を二本の腕で協調しながらパレットへ積み替え、深夜帯の出荷ピークでも休みなく稼働する。都市パトロールにおいては、夜間の施設を巡回しながら転倒者や不審な熱源を検知すると、即座に警備センターへ通報する。
Skild AIのRFMは、把持角度や歩行パターンといった物理パラメータを暗黙的に学習しているため、これらのタスクを追加するときもソースコードを改修する必要がない。LG CNSが用意する3Dシミュレーター上で事前に挙動を検証し、そのまま現場のロボットへ配信できる仕組みが整っている。
筆者解説
韓国ロボティクス産業へのインパクト
韓国政府は2025年4月「K‑Humanoid Alliance」を発足させ、2030年までに世界トップクラスの人型ロボット強国を目指すと宣言した。LG CNS×Skild AI連合は同アライアンスの民間けん引役に位置づけられ、研究開発投資の呼び水になる。実際、国内部品メーカーや大学研究室は、RFM向けセンサーモジュールや触覚デバイス共同開発の打診を受けているという。
投資家視点—“ロボ版GPT”の経済性
Skild AIは今年3月にSoftBank主導で約5億ドル、5月にSamsung/Nvidia連合から3.5億ドルを調達し、ポストマネー評価額は45億ドルに達したと報じられる。RFM提供に伴うライセンスモデルは「月額×ロボット台数」+「推論API従量課金」の二階建て構造。LG CNSはSI収益に加え、稼働ロボットから得るデータを逆流させてRFMへ還元し、モデル精度向上→追加ライセンスという“データフライホイール”を狙う。今後はサービスロボットや医療分野にも横展開し、市場規模は2026年に1,030億ドルへ急拡大する見通しだ。
用語解説
フィジカルAI
フィジカルAIとは、ロボットが自分の身体を使って「歩く」「つかむ」「運ぶ」といった動作を自律的に計画・実行できる知能を指す。ChatGPTのような言語モデルが言葉を理解し文章を生成する“知覚・思考”の領域に強いのに対し、フィジカルAIは“運動”を担当し、現実世界でタスクを完了させるところに価値がある。カメラや触覚センサーから得た情報をリアルタイムで処理し、環境の変化に合わせて即座に行動を修正できる点が特徴だ。
Robot Foundation Model(RFM)
RFMは、実工場やシミュレーターで収集した膨大な映像・力覚・音声データをまとめて学習させた汎用ロボット知能である。特定のロボット専用ではなく、異なるメーカーの機体に移植しても少量の追加データで現場に適応できる柔軟性を持つ。いわばロボット版の「共通脳みそ」であり、新しいタスクが来てもプログラムを書き換える手間を大幅に減らせる。
ヒューマノイドロボット
ヒューマノイドロボットは、人間と似た二足歩行や腕・指を備えた形態を持ち、人が使う道具や階段のある環境で自然に作業できるロボットを指す。車輪型やアーム型ロボットに比べて自由度が高く、人間の職場をそのまま流用できるため、工場や倉庫、災害現場など適用範囲が広い点が強みだ。
スマートファクトリーDX
スマートファクトリーDXは、工場内に配置したIoTセンサーから収集した温度・振動・画像データをクラウドのAIで解析し、生産計画や保守スケジュールをリアルタイムで最適化する手法である。これにより、設備故障の予兆を早期に検知したり、エネルギー消費を抑えたりでき、生産性向上とコスト削減の両立が可能になる。
データフライホイール
データフライホイールとは、AIを導入したシステムが稼働すると新たな運用データが蓄積され、そのデータでモデルを再学習させることで性能が向上し、価値が高まったシステムがさらに多く使われ、またデータが増える――という正の循環を指す。ロボットの場合、現場の作業ログや失敗事例がモデル改善に使われ、時間とともにロボットが賢くなるため、投資対効果が雪だるま式に大きくなる。