6.7百万回に1回しか失敗しない量子ゲートを実現—英オックスフォードの快挙

オックスフォード大学物理学科の研究チームは2025年6月10日、単一量子ビット(キュービット)の操作精度で誤差率0.000015%、すなわち670万回に1回しかミスをしないという驚異的な世界記録を打ち立てたと公表した。これは2014年に同じ研究室が樹立した従来記録を約10倍も塗り替える快挙であり、詳細は近く『Physical Review Letters』に掲載予定とされる。今回の成果では、カルシウムイオンを捕捉した量子ビットをレーザーではなく電子マイクロ波で制御し、しかも室温かつ磁気シールドなしというシンプルな環境で実験を成功させた点が革新的である。この高精度化によりエラー訂正に必要な物理量子ビットの数が劇的に減少し、量子コンピュータの装置規模やコストが大幅に削減されるだけでなく、計算速度の向上も期待できる。研究チームは「真に実用的なマシンを実現するには、依然として二量子ゲートの誤差率を下げる必要がある」と指摘しつつ、同技術を商用化するスピンアウト企業Oxford Ionicsがロードマップを更新したことで開発競争はさらに加速する見通しだ。今回の前進は量子センシングや超高精度時計など多岐にわたる応用分野に波及すると見られ、世界中の研究者と投資家の注目を集めている。

記録更新のインパクト

6.7百万分の1—“雷に打たれる確率”以下の精度

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人が一年のあいだに雷に打たれる確率はおよそ百二十万分の一とされるが、今回の量子ゲートが計算を取り違える確率は六百七十万分の一にすぎず、雷に遭遇するより約五倍もまれな出来事である。具体的には、六百七十万回同じ操作を繰り返してようやく一度ミスが起こるかどうかという水準であり、この極端に低い誤差率がエラー訂正用ハードウェアの大幅な削減につながる。余分な量子ビットをほとんど追加せずに済むため、将来の量子コンピュータは装置が小型化し、コストも抑えられ、しかも計算速度自体の向上まで期待できるわけだ。

マイクロ波×カルシウムイオンという選択

量子ビットを操る方法としてはレーザー光を用いる手法が一般的だが、光学系はいくつものミラーやレンズを精密に配置する必要があり、大規模化すると装置が巨大化し調整も煩雑になる。その点、マイクロ波は金属電極に電流を流せば簡単に発生・制御でき、チップ上に配線を組み込むだけで済むため、量子プロセッサを半導体回路のように小さくまとめられる。カルシウムイオンを選んだ理由は、まず安定同位体で長寿命の量子状態を保てること、そして励起に必要なエネルギーが可視光域にあるため冷却や読み出しの際に高価な深紫外レーザーを使わずに済むという経済的メリットが大きい。さらにカルシウムイオンの内部準位構造はマイクロ波帯と相性が良く、電子スピンを高精度に回転させることができる。言い換えれば、マイクロ波は「配線一本で思い通りに量子ビットを操るドライバー」、カルシウムイオンは「長時間でも疲れず命令を待ってくれる丈夫なエンジン」の役割を果たし、両者の組み合わせがシンプルかつ高精度というベストバランスを実現した、というわけだ。

筆者解説—量子計算“実用化宣言”は何年後か

二量子ゲート誤差1/2000の壁

二量子ゲートとは、隣り合う二つの量子ビットを同時に操作して「絡み合わせる」処理であり、量子計算の核心を担う。ところが二つのビットを結び付けるには、それぞれを動かすだけでなく両者の間に精密な力をかけ続ける必要があるため、余計な振動や電磁ノイズの影響を受けやすく誤差が跳ね上がりやすい。現在最高レベルの実験でも約二千回に一回、つまり0.05%の確率でミスが生じるが、実用機ではこの値を少なくとも一万回に一回(0.01%)以下、できれば十万回に一回(0.001%)以下まで下げなければエラー訂正のコストが爆発的に増えてしまう。言い換えれば、単一ビット操作は「一人で歩く」作業なので簡単に正確さを高められるが、二量子ゲートは「二人三脚」で走るようなものなので、わずかな足並みの乱れでも転倒しやすい。その足並みをそろえる技術こそが今の量子コンピュータ研究最大のボトルネックであり、この壁を越えられるかどうかが真の実用化の成否を決める。

超伝導 vs イオン捕捉—投資判断は「用途」で分かれる

量子コンピュータに投資するうえで、超伝導方式とイオン捕捉方式は「どちらが優れているか」ではなく「どの用途に向いているか」で評価が分かれる。超伝導方式はチップ上に多数の量子ビットを密集させやすく、読み書き速度も高速なため、量子機械学習や大規模最適化など膨大な回数の演算を短時間で回したい分野に向く。一方、イオン捕捉方式は初期化と測定がきわめて正確で、量子状態の保持時間も長いことから、化学反応のシミュレーションや暗号解析のように演算1回あたりの精度が最優先されるタスクで真価を発揮する。言い換えれば、超伝導は「速さ重視の短距離走者」、イオン捕捉は「安定感重視のマラソン選手」のような位置づけであり、投資家は自社のビジネスモデルや顧客ニーズがどちらの特性に合致するかを見極めて資金を割り振るのが賢明だ。

Oxford Ionicsの商用ロードマップ

Oxford Ionicsはまず2025年内に数十量子ビット規模の評価機をパートナー企業へ提供し、動作ログを集めて誤差低減アルゴリズムを磨く「Foundation」フェーズを走らせる。その上で2026年末までに1,000論理量子ビット級のクラウドサービスを公開し、化学シミュレーションや最適化問題など精度重視の領域に先行投入する計画だ。2027年以降は量子チップ量産ラインを確立し、1万物理量子ビット超を搭載した「Value at Scale」システムへ拡張、業界別アプリケーションモジュールを順次リリースする構想である。鍵となるのはシリコン基板上にイオントラップとマイクロ波配線を直接形成する独自技術で、これにより誤差率10⁻⁴以下を維持したまま製造コストを従来の超伝導方式の1桁下に抑えると強調する。さらに2025年6月には米IonQによる約10億ドル規模の買収合意が公表され、資本と製造インフラの後押しでロードマップの達成時期が前倒しになる可能性も指摘されている。

用語解説

  • トラップドイオン:電場で閉じ込めたイオンを量子ビットとして用いる方式。
  • フォールトトレラント:演算途中でエラーが生じても結果を保証できる設計思想。
  • エラー訂正コード:複数の物理量子で1論理量子を符号化し誤りを検出・修正する技術。
  • マイクロ波制御:周波数帯GHzの電磁波で量子状態を操作する手法。
  • カルシウムイオン^40Ca⁺:長寿命・光周波数が可視域で取り扱いやすいイオン種。

情報元:https://www.sciencedaily.com/releases/2025/06/250610074301.htm

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